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ジョルジョ・アガンベン「ギー・ドゥボールの映画」解題
『ゴダール』河出書房新社, 2002年4月, pp. 218-221.


以下の解題です. ジョルジョ・アガンベン「ギー・ドゥボールの映画」高桑訳, 『ゴダール』河出書房新社, 2002年4月, pp. 212-218.


 ここに読まれる「ギー・ドゥボールの映画」は以下のテクストの日本語訳である. Giorgio Agamben, «Le cinéma de Guy Debord» (1995), in Image et mémoire, Paris, Hoëbeke, 1998, pp. 65-76. なお, 注はすべて翻訳者の付したものであり, 原文にはない. また, テクストに既訳のあるものは参照先を示しているが, とくに文言をそのまま採用してはいない.

 1995年11月にジュネーヴで第6回国際ヴィデオ週間が開催され, その機会にギー・ドゥボールのフィルムの回顧上映がおこなわれた. ジョルジョ・アガンベンはその場に招かれ, 講演をおこなった. それを起こしたのがこのテクストである01.

 読まれるとおり, これは状況主義者ギー・ドゥボールの映画を扱っているが, この主題については, 関連情報を網羅的に提供してくれる解説がすでに日本語でもいくつか存在する02. それらは, 状況主義者たちと映画という媒体との関わりについて多くのことを教えてくれるが (その2つのテクストのうち一方は, アガンベンのこのテクストへのまとまった言及を含んでもいる), ドゥボールとゴダールを対比して後者を前者の単なる剽窃者と評価してもおり, 状況主義者たちのいわゆる正統的見解への忠実さが過度に強調されている. しかし, そのような狭量な議論からは一定の距離を取ることが必要だろう. 重要なのは, 誰が状況主義者の名に値するかを判断することではなく, 状況主義的な活動が映画におけるこれこれの手段にどのような可能性を見いだすのかを見抜きそれを使用することだからである.

 アガンベンの議論から読み取ることのできるのは, そのような理論的かつ実践的な探究の可能性である. アガンベンは映像を論じたテクスト (あるいは映像にかぎらず像一般を論じたものと読めるテクスト) を少なからず書いている03. とりわけ, このテクストとほぼ同じ問題意識から書かれたとおぼしい一群のテクストがあり04, またドゥボールを個別に論じた他の類似のテクストもある05.

 それらのテクストの一つでは, パウロの「コリント人たちへの第1の手紙」第15章からゴダールが比較的自由な形で引用したとおぼしい一文「復活の時には像が到来するだろう06」があらためて引用され, その言明が「像を復活の境位そのものとして構想している07」という点で多くの宗教と共通する認識を示すものだと指摘されている. パウロの教説の引用であるかぎりにおいて, その言葉はたしかにキリスト教的ないしカトリック的な響きを帯びているが, とりわけゴダールを通じてそこに聴きとられるものは必ずしも特定の宗教のしるしではない. アガンベンはまた別の場所でも, 像による救済のモティーフを一般化して, 次のように書いている. 「過去や過去の救済に関わるたびに, 我々は像と関わっている. かつてあったものを認識し同定することを可能にしてくれるのは像だけだからである08.」 ゴダールの『映画史』がこの点を剥き出しにしたということは, 「ギー・ドゥボールの映画」の本文にも読まれるとおりだ09.

 そのゴダールは, 過去の救済という務めに対して像の技術としてのモンタージュが提示されるという構想にしたがって実際に操作をおこなうが, そこに, アガンベンの仕事に関わりをもつ構成要素が1つ登場する. 「ムスリム」がそれである. ゴダールは『映画史』の終わり近くで, この語がドイツの収容所で生きる力を失い死を待つだけの収容者を指す隠語として用いられたことを仄めかす操作をおこなっている10. 現在のムスリムとドイツの収容所における「ムスリム」とを一挙に関連づけるモンタージュが, 像を通じてかろうじて「ムスリム」を救済する微弱な力となる11.

 ところで, アガンベンは以前から, この収容所の「ムスリム」を, 救済から最も遠い, それゆえに最も救済の対象として思考しなければならない「残りのもの」として考察してきた12. その考察に通じたければ『アウシュヴィッツの残りのもの13』を読むにしくはないが, ここではむしろ, アガンベンが「ムスリム」をめぐっておこなったかもしれない別の「モンタージュ」の可能性を想像してみよう.

 隠語「ムスリム」の語源ははっきりしないが, 数ある説明のなかに, 立つこともままならず座りこんで体を屈している様子がムスリムの礼拝の様子に似ていたから, というものがある14. 真偽はどうあれ, 体を屈した身振りは収容所の「ムスリム」たちに共通に認められ (むしろ, 彼らにはその身振り以外の何も残されておらず), それが「救いのなさ」を直接に指示していたというのは確かだろう. もはや人間とは見なされないが, まだ死体ではないもの. 救済の不可能性ゆえに, 救済が何よりも問題となるもの. これこそ, 屈服の姿勢が一挙に指示するものだ.

 同じ屈服の姿勢が, やはりそのような窮極の救済の対象であることを示している事例がもう1つ存在する. ハーマン・メルヴィルの「バートルビー」の筆生がそれだ. 彼に対しても, アガンベンは「ムスリム」に対するのと酷似するまなざしを向けている. 「しないのがいいのですが」という定式を反復するバートルビーの最期は, 収容所の「ムスリム」の最期に似て, 生死を判別しがたい屈服の姿勢だけをともなっている15. 「壁の下のところに奇妙なふうに体を屈して膝をかかえ, 横向きに寝そべり, 頭は冷たい石に触れている, すっかり衰弱したバートルビーが見えた16.」

 可能性を奪われた者に残された最後の可能性とでも呼べるものが, 屈服の身振りという像 (それは窮極の「像のなさ」のことだ) を通じてかろうじて姿を現す. 収容所の「ムスリム」と筆生バートルビーのあいだでおこなわれる「モンタージュ」が指し示しているのは, この「像のなさ」を注視する可能性そのものに他ならない.





01. なおこれは, 1997年夏にカッセルで開催された第10回ドクメンタに先行して作られた資料集にも, 以下のとおり, 英語訳とドイツ語訳で収録されている. G. Agamben, “Repetition and Stoppage” (Brian Holmes, trans.), in Documenta GmbH (hrsg.), Documenta X : Documents 2, Kassel, Cantz Verlag, 1996, pp. 68-72; id, »Wiederholung und Stillstellung« (Jurgen Blasius, übers.), in ebd., S. 72-75.

02. 木下誠「「思考の映画」から「状況の映画」へ」, 『現代思想』vol. 23, no 11, 青土社, 1995, pp. 164-173; 同「訳者あとがき」, ドゥボール『映画に反抗して 下』木下誠訳, 現代思潮社, 1999, pp. 193-217.

03. 以下も, 広い意味では, 像に関する大部一巻の書物と見なすことができる. ここからも, 彼が「像と関わる存在」としての人間に一貫して関心を寄せていることが伺える. アガンベン『スタンツェ』岡田温司訳, ありな書房, 1998.

04. アガンベン「身振りについての覚え書き」, 『人権の彼方に』高桑和巳訳, 以文社, 2000, pp. 53-66; id., «Collants Dim», in La comunità che viene, Torino, Einaudi, 1990, pp. 32-35 (Torino, Bollati Boringhieri, 2001, pp. 41-44); id., «Pour une éthique du cinéma» (Daniel Loayza, trad.), in Trafic, no 3, Paris, POL, 1992, pp. 49-52; id., «Le geste et la danse» (D. Loayza & Dominique Noguez, trad.), in Revue d’esthétique, no 22, Paris, Jean-Michel Place, 1992, pp. 9-12; id., «L’image immémoriale» (Gilles A. Tiberghien, trad.), in Image et mémoire (op. cit.), pp. 77-93; id., «(sans titre)», in Le monde des livres, Paris, 6 octobre 1995, p. 11. 最後の無題のテクストは, 1995年8月に, ロカルノ国際映画祭での『映画史』第3部公開に際しておこなわれた討論会で読まれた短評を記録したものであり, ほぼ全体が「ギー・ドゥボールの映画」に組みこまれている.

05. アガンベン「『スペクタクルの社会に関する注解』の余白に寄せる注釈」, 『人権の彼方に』(前掲), pp. 75-93; id., «Violenza e speranza nell’ultimo spettacolo», in Il manifesto, Roma, 6 luglio 1989, pp. 1-2 (ripubblicato in G. Agamben et al., I situazionisti, Roma, Manifestolibri, 1991 (1997), pp. 11-17).

06. パウロのテクストにはこれに正確に対応する箇所は見あたらないが, この定式がパウロに由来するものだということはゴダール本人によって各所で肯定されている. たとえば以下を参照のこと. ゴダール「映画のアルケオロジーと世紀の記憶」(ユセフ・イシャグプールによるインタヴュー) 森田祐三訳, 『批評空間』第2期, no 25, 太田出版, 2000, pp. 68-69; 同「編集・孤独・自由」彦江智弘訳, 『現代思想』vol. 23, no 11 (op. cit.), p. 276.

07. G. Agamben, «(sans titre)» (op. cit.).

08. G. Agamben, «L’image immémoriale» (op. cit.), p. 82.

09. この点については以下も参考になる. 野崎歓「復活のときイマージュが到来する」, 『InterCommunication』no 32, NTT出版, 2000, pp. 157-167.

10. 以下の発言も参照のこと. ゴダール「映画の痕跡」(ミシェル・シマン, ステファヌ・グデによるインタヴュー), 『批評空間』第2期, no 24, 太田出版, 2000, p. 143; 同「映画のアルケオロジーと世紀の記憶」(前掲), p. 70. この「ムスリム」に注目したのは自分だけだとゴダールは主張している.

11. 以下を参照のこと. 堀潤之「映画的イマージュと世紀の痕跡」, 堀・四方田編『ゴダール・映像・歴史』(前掲), p. 65. なお, 末尾にアガンベンへの注記もあるこのテクストは, 「像による救済」を思考するうえで, 全体が示唆に富んでいる.

12. 最初のまとまった考察の試みは以下に読める. G. Agamben, «Bartleby non scrive più», in Il manifesto, Roma, 3 marzo 1988, p. 3.

13. アガンベン『アウシュヴィッツの残りのもの』上村忠男・廣石正和訳, 月曜社, 2001.

14. 同書, p. 55.

15. 以下では両者が最も接近させられている. G. Agamben, «Bartleby non scrive più» (op. cit.). 以下も参照のこと. id., «Bartleby», in La comunità che viene (op. cit.), pp. 25-27 (pp. 33-35); id., «Bartleby o della contingenza», in Bartleby : La formula della creazione, Macerata, Quodlibet, 1993, pp. 43-85; id., Homo sacer, Torino, Giulio Einaudi, 1995, p. 56.

16. ハーマン・メルヴィル『代書人バートルビー』酒本雅之訳, 国書刊行会, 1988, p. 97.


(ここに再録するにあたり, 句読点その他のタイポグラフィに変更を加えました.)