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derrida and bartleby
デリダとバートルビー
『d/SIGN』no 9, 太田出版, 2004年11月, p. 89.


 ジャック・デリダ (1930-2004) が展開した議論のそれぞれは, あまりにあちこちに散在してしまっているので, いずれ書かれただろう未来の本の一部をなすものではないかという夢想を誘う.

 読者は, その不可能な本を所有するという幻想をいだくことで, デリダの考えたことを一部なりと分有できる気になる. ある種の読者――自分でもものを書くと称する読者――は, その想像上の本のさらに一部に相当すると称する偽書を, デリダという後見人を思い描きつつ書く. その人々は, デリダの口述することを書き取る自分をうきうきと想像する.

 これが, 私たちがいたるところで目にする「デリダ論」の姿だ. そのようなものを書く人はおそらく, 自分がデリダに非常に近い存在であると主張しつつ, 意味ありげなことを書く.

 そして, デリダが死をめぐって語っていたことを, この機会に, そのような本の最たるものとして想像する人が少なからずいる. しかし, 言うまでもなく, 彼が死をめぐって語っていたことは, 彼の死それ自体とはまったく関係がない. 彼は死をめぐって文字どおり無数の事柄を書いており, それら無数の死は, 単一の死――彼の固有の死であれ何であれ――に集約されてしまうことはない.

 人々は彼が死ぬのを待ちかまえていた. 彼が死んでみればこそ, 不可能な本の数々はその不可能さをようやく完成してくれるかのようだと言わんばかりだ. そのことは, ある種の人々の振る舞いを通じて感じ取ることができる. その人々は, 表向きは悲しみを示しつつ, しかし浮かれた追悼文を書く. これは陳腐でもあるし恐ろしくもある倒錯だ. その人々は, 「喪の仕事」が失敗したときに現れるとされる「勝ち誇りの局面」を模倣することで, 自分が「喪の仕事」に失敗するほど深く喪に服しているのだ, と言外に言おうとしているかのようだ. (言うまでもないが, ここで念頭に置いているのは, 喪に本当に服している人々のことではない.)

 あまりに名高くなってしまった人にとって, そのような現象はおそらく避けられない. しかし, 私はといえば, そのようなさざ波に与するつもりはまったくない. とはいえ, ありうべき真の喪に服したいというのでもない. もっと長い時間をかけてやるべきこと, やりたいことが, ほかにたくさんある.

 ここではただ, 彼の書きもののいくつかに顔を出しては引っこむある人物について, 彼の実際の死とは無関係に, まとまりのないことを書いてみる. これは彼の不可能な本にさえならない議論だ. また, その人物はじじつ, あろうことか死の形象そのものでもあるが, それはデリダ自身の今回の死とはもちろんまったく関係がない.

 モーリス・ブランショ (1907-2003) が1945年にはじめてその人物について書いた文章は今日でもほとんど知られていないが, 1975年にあらためて「忍耐についての言説」としてまとめられ, 後に『災厄のエクリチュール』(1980) にわずかな修正のうえ統合された文章のほうは, 少なくともそれよりは多くの読者の目に触れた. そのなかにはデリダもいた. 彼は, 1975年にブランショの文章を読み, その人物のことをそのときはじめて知るにいたったとおぼしい.

 その人物については, この『d/SIGN』誌上 (前々号に掲載してもらった「その他の人々を見抜く方法」) でもわずかながら触れた. 小説家ハーマン・メルヴィル (1819-1891) が1853年に造形した「バートルビー」だ.

 同名の短篇小説の主人公である彼は, ある法律事務所の筆生として雇われ, 勤勉に仕事をこなしているが, あるときから, 何を頼んでも「しないほうがいいのですが」と応え, 何もしなくなる. しかし事務所から出て行こうとはしない. 雇い主はさまざまな言葉を考えて声をかけるが, どれも効果がなく, ついには彼は監獄に連行され, そこでも食事を「しないほうがいい」, というわけで死んでいく. どうやら, かつて彼は郵便局で, 「死んだ手紙」と称される配達不能郵便物を処理する部局にいて, 絶望したらしい....

 この人物の謎は, 彼の奇妙な拒否と, それを定式化した「しないほうがいいのですが」に極まっており, じじつ, 謎へと果敢かつ無益に挑む少なからぬ人々はこの文言を集中的に検討している. ブランショもその1人だ. いわく, 「拒否は受動性の第一段階だ, と言われる――だが, それが故意のもの, 意志的なものなら, 否定的決定をであるにせよ決定を表現するものなら, 意志は, 意識の権力からきっぱり離れることを可能にしてはくれず, 最善でも, 拒否する自我であるにとどまる. たしかに, 拒否は絶対へと, いわば無条件なものへと向かう. それは, 文筆の徒バートルビーの「しないほうがいいのですが」という容赦のない台詞が感じられるものにしてくれる拒否の結節点だ」.

 デリダがブランショを論じた「パ」(1976) という文章 (1986年に『パラージュ』に収録される) では, 前年に公になっていたブランショのこの文章がちょうど引かれ, 「あらゆる否定, あらゆる決定, あらゆる否認, つまりはあらゆる言うことより手前の」ものとしてのバートルビーの謎が語られ, ブランショの語る否定的なもの (受動的なもの) の特異性が強調されている.

 その後, バートルビーはデリダの隠れた参照対象となり, 折にふれて姿を見せるようになる. 時代順に追えば, 1977年には, 誰かに宛てた奇妙な書簡集「送付」(1980年に『郵便葉書』に収録される) のなかで「死んだ手紙部局」への言及がなされ (ただしバートルビーは登場しない), 1990年には「死を与える」(1999年に同名の単行本になる) で, 『旧約聖書』のアブラハムの言葉遣いとバートルビーのそれとを寄り添わせて読解する (両者とも, 想定されている言語の使用をはみだす言葉遣いをし, 皮肉を用いて他者の言葉を引き出しつつ, 謎のなかの謎, 秘密を産み出す). 同時期にデリダは講義でも「バートルビー」を扱うようになる.

 デリダが最もバートルビーの謎に迫ったのはおそらく, 精神分析をめぐって1991年におこなった「抵抗」という発表 (1996年に同名の論文集に収録される) においてだ. そこで彼はジークムント・フロイト (1856-1939) の『制止・症状・不安』(1926) に登場する, 分析に対する抵抗の類別を検討し, そのなかの「無意識の抵抗」(死の欲動から発する抵抗) に注目する. デリダは, これは「意味をもたない」抵抗であり, じつのところ抵抗ではないという. ここから彼は, この抵抗と精神分析それ自体はつまるところ同質だという議論へとたどりつくが, そこに登場するのが「バートルビー」だ. 抵抗も精神分析も, 「何も言わない. 応えるにあたって何も応えない. 然りとも否とも言うことはなく, 受け容れることも対立することもない. とはいえ, 語りながらそうするのだが, それでも, 何を言うわけでもない. 然りとも否とも言わない」. それらはバートルビー同様, 「何も言わずに人に語らせる」. 抵抗と分析は合わせ鏡のようになる....

 死への欲動に発する抵抗の語る言葉, 「しないほうがいいのですが」. 私たちは, 死のほうからやってくるこの言葉について, まだ何も知らないし, これからも知ることはない. にもかかわらず, これを知りたいという欲望が消えることもない. デリダが「文学の秘密」とも呼ぶ, このいわば無抵抗な抵抗の言葉は, 秘密の名にふさわしく, 謎を明らかにされることは永遠になく, 私たちはそれをめぐる言葉を――あるいは端的に, 人間をめぐる事柄を明らかにしようとする言葉のすべてを――書き続ける.



(ここに再録するにあたり, 句読点その他のタイポグラフィに変更を加えました.)